それは涙で始まった

山下さんは当時、若手スターを次々と輩出していた『太陽にほえろ!』を卒業された後、NHKの朝ドラなどに出演して、役柄の幅を広げていた時期だと思いますが、『スクール・ウォーズ』の主演というオファーに対して、どのように反応されましたか?

山下:これは「青天の霹靂」でしたね。スポーツはもともと大好きでしたけど、自分に教師の役が来るというのが、まず驚きで。でも、プロデューサーから「今回のドラマは実話を基にしているんだよ」ときいて、馬場(信浩)さんがお書きになった原作本(「落ちこぼれ軍団の奇跡」)を読んだりしているうちに、気持ちが入っていきました。自分にとって初の主演作ということもありましたし、「このチャンスをものにしたい!」という思いもありましたね。

『太陽にほえろ!』に山下さんが出演されていた当時、「金曜夜8時」枠ではTBSの『3年B組金八先生』(79年)と熾烈な視聴率競争を繰り広げていました。『太陽』出身の山下さんが「TBS」で「教師役」を演じるということで、特別な感慨があったのでは?

山下:いえ、実のところ、『太陽にほえろ!』をやっている間は他の番組を観る余裕すらなくて、そういうこと(視聴率争い)があったというのもよく知らなかったんですよ。武田さんの『金八先生』での熱演というのも、だいぶ後になってから知りました。だから、局とか役柄についての特別な思いはなかったです。それよりはやっぱり、ラグビーですよね。

画面ではラグビーをやる姿があれだけサマになっていた山下さんですが、実はラグビー未経験者だった、というのはかなり意外です。

山下:そう、全く知らなかったんですよ。僕は、バレーボールならやっていたんですけどね。あんな楕円形のボールなんて蹴ったことがなかったのに、タイトルバックでいきなり蹴らされて(笑)。必死で集中したので、10数回蹴って2~3回は成功したのを覚えています。あとはタックルもやりました。ぶつかっていく相手は体のデカい外国人の方ですよ。だから、すごく怖かったです。「ケガしそうだな……」と思っていたら、本当に首を痛めました(笑)。タイトルバックだけでそんな感じですから、本編の撮影はもっと大変になるだろうと覚悟しましたね。カメラマンの喜多崎(晃)さんという方がラグビー経験者だったのでいろいろ教わったりもしました。

賢治の役作りについては?

山下:毎日の撮影の分量も多かったので、計算して演じるような余裕はなかったんです。そもそも教師なんて自分の柄じゃないと思っていたし、それこそタックルじゃないけど、まさに「体当たり」で演じたという印象ですね。ただ「熱い芝居」っていうのも大変なんですよ。本番の前のテストの段階から声を全力で出したりすると、本番では出なくなってしまう。だからテストでは少し抑え気味にすることもありました。泣くシーンも、初期は苦労していた気がしますね。でも不思議なもので、そのうち自然に泣けるようになっていったんです。なんせ、当時は一日の半分以上を「滝沢賢治」として生きていましたから……。

『スクール・ウォーズ』という作品のイメージを決定づけたと言えるのが第8話「愛すればこそ」での、「109対0」という惨敗に終わった試合後のシーンですね。

山下:あれは撮影の数日前から、生徒役のみんなとの間でも話題になっていたんです。台本を読んだ彼らも「今度のこれ、すごいですね」と言っていたし、全員を殴るというくだりがあるので、僕自身もかなり緊張して臨みました。振り返ってみると、やっぱりあのシーンがあったことは大きいですよ。極端な話、あれがなかったら、当時もあそこまで注目を集めたかどうかわからないし、こうやって番組が終わってから30年以上も経ってBlu-ray化されるなんていうこともなかったかもしれません。大映テレビの作品というのは常に「撮って出し」というか、かなりギリギリのスケジュールで撮影していることが多かったから、大変ではあったけど、作品への反響が大きいと、それが現場の雰囲気にも影響してくるんです。第1話のときは、裏番組がテレビ初放送の映画で、こっちは確か7%を切っていました。そこからのスタートでしたけど、確かこの「109対0」の回あたりで15%を超えて、年を越したら、今度は20%を突破したんです。たぶん、観ている方を引き込む何かがあったんでしょうね。実際、現場には良い「気」が集まっていました。「一丸となる」というのは、まさにああいうことを言うんじゃないでしょうか。

賢治がみんなを殴ったことを部員たちは納得しているけど、その行為自体は後で問題になります(第9話)。

山下:全体に、うまく実話とフィクションのバランスが取れていましたよね。大映テレビの作り方は劇画タッチだから、正直言うと、ときどき「ここでこんな台詞言うかな?」と思うようなときがある。でも、よく考えてみたら、案外そういう台詞がドラマの核心を突いていたりするんですよ。それと、この一連の展開に関して言えば、コミュニケーションの大切さを訴えていると思うんです。賢治のやったことを暴力と捉えるか、愛情と捉えるか。賢治はかなりの覚悟を持って、みんなを叱った。だからこそ、このときの悔しさが、後に川浜高校が強くなっていく原動力となったんです。政治の世界にも教育の現場にも、少々批判されても体を張って、一緒に汗をかいたり涙を流したりするリーダーというのが、必要なんじゃないかな。特に今の日本では、滝沢賢治というか、そのモデルになった山口(良治)先生のような方が減ってきたようにも思えるんです。

愛ってなんだ

第10話「燃える太陽」では、苦しい生活費の中からラグビー部の遠征費をカンパした大木(松村雄基)が昼食を抜いているのに気づいて、賢治が彼のために弁当を用意してやるというシーンがあります。このくだり自体はその回のメインではなく、ちょっとした挿話レベルなのですが、妙に印象に残りました。

山下:あれも実話ベースなんですよ。だからリアリティがあったんじゃないかな。思い出すと、泣けてきちゃうよ……。家計が苦しいのは賢治の家も同じで、奥さんがなんとかやりくりしているんだけど、そういう「内助の功」も大きかった。また、ときどき女性からの視点が入ることで、ドラマにも奥行きが出るんですよ。奥さんを演じてくれた岡田奈々さんも素晴らしかったし、僕は実際に山口先生の奥様にもお会いしたんだけど、ドラマの中で描かれている通りの方だという印象を持ちました。

前半のクライマックスは「イソップ」の死と、相模一高との試合での初勝利です。イソップのみならず、『スクール・ウォーズ』では賢治の周辺の人々の「死」がよく描かれましたね。

山下:数年間のことを20数本のドラマに凝縮しているから、描かれていない部分も多いんですよ。その一方で、人生において避けられないのが「出会い」と「別れ」。だから、そういったことをより印象的に描いていたんだと思います。特に、やっぱりイソップ(高野浩和)ですよね。モデルになった少年のニックネームは「フーロー」だったらしいけど、過酷な運命を持った少年に対して「命が燃え尽きるまでがんばれ」と賢治が励ます。その言葉通りに生きたイソップも、立派なヒーローだったと思います。

劇中で目立っていたキャラ、さほど目立たなかったキャラを含めて、山下さんが特に印象に残っている「生徒」は?

山下:これはむずかしいですね。もちろん大木とかイソップとか、森田光男(宮田恭男)というような、芝居で多く絡んだ子たちは思い出深いけど、僕にとってはみんな均等なんですよ。というのも、言ってみればこの作品は、彼ら全員が主役なんですよね。出番がそんなにない生徒も含めて、みんなが輝いてくれないと、うまくいかないと思ったし。だから、待ち時間などは彼らといろいろな話をしてコミュニケーションをとりましたよ。「今日はお前も台詞があるな。がんばれよ!」とかね。ひとりひとりが本気になってくれたから作品全体が盛り上がったんだと思います。半年もの間、毎日のように一緒にいたから、本当の生徒みたいに、みんなのことが愛おしくなってきましたね。彼らは特に試合のシーンが大変なんです。相手チームの選手役は実際のラグビーの経験者を連れて来ているから、小さなケガは絶えなかったと思う。それに、冬になってくると、今度は寒さとの戦いもありましたから。

ドラマの撮影というより、本当の部活みたいなところもあったんですね。

山下:そうだね。またラグビーというのがある種、究極のスポーツでしょう。球技だけど格闘技のようでもある。それに「仲間を助けに行く」というのは、スポーツの中でも、ちょっと独特なんですよね。お互いに助け合うことや、相手を信頼することの大切さって、人生にも通じる。信じてほしかったら、自分も力いっぱい相手を信じなくちゃいけない。これは「愛」と同じなんです。そういうメッセージが、画面を通じて伝わったんじゃないでしょうか。『スクール・ウォーズ』が時代を超えて愛されているのは、そこが大きいと思っています。

微笑む女神

山下さん=滝沢賢治、というイメージで捉えている方も多いと思います。

山下:番組が終わってからも、熱い役をいただくことが多いですね。本当は全然、そんなことないんだけど(笑)。ただ、この作品が自分のバイブルだとか、人生を変えてくれた、なんていう話を聞くと素直にうれしい。本来、ドラマの役割のひとつは、そういうことだろうと思うし。だから、ファンの方々のイメージを壊さない自分でありたいというのは、今もずっと思っています。それこそ、悪いことをやって捕まったりしたら最悪だよ(笑)。もちろん、そんなことはしませんけど。

『スクール・ウォーズ』の数年後に出演された『男女7人秋物語』で演じられた役柄は、ちょっと滝沢賢治のパロディみたいな雰囲気もありました。

山下:あれは脚本の鎌田敏夫さんに「山下真司」を見抜かれていましたね。体育会系で真っ直ぐな男なんだけど空気が読めない、みたいな(笑)。視聴者の方の反応は正直だから、『スクール・ウォーズ』をやっているときは、若い男の子たちから畏敬の念がこもった眼差しで見つめられたりしたんだけど、『男女7人』のときは「高木だ!」って、役名で呼び捨てですよ(笑)。まぁ、役者の宿命のようなものだから、仕方ないですけどね。当時は少しショックだったりしましたが、今となってみれば、それも良い思い出です。

HDリマスター版については?

山下:そんなに変わらないんじゃないかなと予想していたら、全くそんなことなくてね。すごくキレイな映像になっていて、30年以上も前に撮影したドラマだとは思えなかった。けっこう細かいところまで確認できるぐらいクリアだし、これなら当時からのファンの方はもちろん、初めて観るという人も古さを感じないだろうと思いました。うれしかったですね。自分の芝居には反省するところもあるんだけど(笑)、必死で取り組んでいたのは間違いないし、またみなさんにご覧いただければ演じた側としてはとてもありがたいです。それに、もう亡くなられた先輩たちもたくさん出演されているんですよ。下川辰平さん、名古屋章さん、坂上二郎さん……。そういった方々の姿がまた観られるというのもポイントだと思います。いろいろなメッセージが詰まった作品ですし、それは今でもみなさんの心にきっと届くはずなので、ぜひ、ご覧になってください。よろしくお願いします。


山下真司 (やました しんじ)

1951年生まれ。山口県出身。1979年、『太陽にほえろ!』にスニーカー刑事役でレギュラー入りし、注目を集める。その後、NHK朝の連続テレビ小説『おしん』(83年)や映画『プルメリアの伝説 天国のキッス』(83年)などを経て『スクール・ウォーズ』(84年)に主演する。以降も『男女7人秋物語』(87年)、NHK大河ドラマ『春日局』(89年)、『ケータイ刑事』シリーズ(02~07年)などで活躍する傍ら、フジテレビ『くいしん坊!万才』の9代目レポーターを4年間(94~97年)務めるなど、情報番組やバラエティ番組にも出演。幅広い世代から親しまれている。